プロスポーツ・高校スポーツの違い

同じ種目のスポーツを見てみても、高校生のスポーツ試合とプロのスポーツ試合では少し温度差が出てしまっているように思えます。

それは仕方がないのですが、でも、それぞれに楽しみ方があるので、ついつい熱中して見てしまいますよね。

高校野球などの場合、春夏の選抜高校野球選手権は、知らない高校でも高校球児や応援している同じ高校の生徒の様子を見ていると、今までの練習の厳しさや辛さ、ここで終わりたくない、勝ち抜いていきたいという気持ちから出る一生懸命さが表れていて、観戦しているこちらも目頭が熱くなってしまいます。

しかし、プロ野球を見ていると、チームのファンは毎回熱い応援をしていますが、野球選手に熱い気持ちが見えません。
トーナメント戦ではない為、明日も試合があるという気持ちの表れかもしれません。

高校サッカーとプロのサッカーの違いも同じようなことが言えます。
プロ選手の熱い気持ちがプレイに最近見られない気がします。

高校生とプロ選手の試合は、やはり気持ちの持ちようや、ここで負けたら後がないというプレッシャーの問題もあるでしょう。
しかし、高校選手もプロ選手も試合のモチベーションは一緒だと思いますので、一試合一試合集中して望んでほしいです。

さて、大学や社会人が主体の試合については、あまり触れていませんが、嫌いなわけではありません。
ただ、イメージ的に大学は、学校対抗ということで第三者が入りにくい印象です。
社会人リーグも同様で、部外者には敷居が高いイメージがあるので、やはりどこか余所余所しい感じがしています。

かわいいマスコット

どういう訳か、昔からかわいいものに目がない。
ちなみに、かわいいものというのはキャラクターのことだ。
何でだか気になって仕方のない。

確実に企業側のアドバータイジング効果に引っかかっているのは分かる。
でも、何かを愛してもらうためには、まずそれを体現するマスコットが必要である。
人の目を、そして気を引くマスコット。
人間は結局視覚から入る生き物である。
私の場合、そういう気を惹かれるマスコットというのは、スポーツチームのキャラクターに多い。
野球にしろ、サッカーにしろ。
スポーツチームのマスコットというのは、100%かわいいと言い切れない、ちょっとしたあやうさがあっていい。
どことなく崩れている、というか、何でこのキャラに行き着いたのだろう、という疑問の余地を残す遊びというか。
人間にしてもそうだが、完璧なものというのにはどうしたって人は躊躇してしまって、完全には惹きつけられないようである。
例えば、もしもプロ野球のチームのマスコットに、完璧な美女がなったとしたら、それはもはやチームから独立してしまう。
チームそっちのけで美女の追っかけをするかもしれない。
そうではなくて、どこか間の抜けた、親しみやすいキャラクターの存在というのは、チームそのものを具現化した存在のようで(完璧なスポーツチームなんてのはめったにないし)、ファンに「応援してあげたい」という気持ちを起こさせるのだと思う。
私がずっと応援している野球チームがあるのだが、その入りのきっかけは間抜けなキャラクターである。
選手の名前を一人も知らない頃、ただキャラクターがかわいいというだけでファンを始めた。
それがいったいどのくらいの前のことだったかはもう覚えていない。
それ程にマスコットの持つ力と言うのは侮れないものがあるのである。
企業というのは無駄にリサーチを繰り返しているわけではないな、と思う。

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