共有って必要かな

どこもかしこもインターネットでは共有共有と、そんな他人と同じものを持ちたいものなのでしょうか。

価値観が同じだから共有なんて言いますが、その瞬間やひとつの対象物だけのことなのではないでしょうか、という疑問です。

現実の世界で考えると、この共有がいかに不気味な行動かがわかりますよ。

例えば、スーパーの店頭でチラシを手に取っている主婦が、仲良くしてますかね?
それぞれチラシに没頭していて、これは共有しなきゃって言ってる人、見たことありません。

でも、インターネット上では、実名をさらして、そのようなことを平気でやっているわけです。
なんだか、共有を声高に叫んでいる人は、ちょっと世の中の風潮にコントロールされ過ぎているようで怖いのですが。

しかし世の中の流れは、共有ありきになってますが、ここにきて某世界的なSNSを運営する会社の株価の低調だったり、そろそろ飽きてきた人もいるようです。
繋がることを維持するためにSNSを利用するのは、ちょっとおかしな話ですからね。

またSNSで繋がりを多く持つのがステータスという風潮も一部の人に見受けられますが、はっきり言って、その何人があなたの人生を大きく変えるでしょうか。

人脈というのは、電話で話せる、たまに会って遊ぶ程度の交遊を意味するものではありません。
ビジネスにしろ生活にしろ、人生の転機に支えてくれる人の繋がりが人脈とされるわけです。

SNS上だけの繋がりを何百何千と持っていても、それは薄っぺらなものでしかありません。

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